アドラー心理学に学ぶ!承認欲求を満たしていけない理由3選

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菊之進

働く20代のためのビジネス情報専門家。明るく、楽しく、幸せにがモットー!

どうも!菊之進です。

今回は、承認欲求を満たしてはいけない3つの理由についてお話しします。

あなたは「承認欲求をみたしてはいけない」と聞いてどう思いましたか?

僕はこれまでの自分の人生を否定されたような気持ちになりました。僕はずっと、親の期待どおりの人生を歩んできたんです。

自分で選んできたかのように見えて、大きな人生の選択や決断の裏側には、必ず親の期待に応えたい。喜ぶ顔がみたいというのがあったんです。でも、アドラーはこうした生き方を否定するんですね。

こんなあなたへ

  • なんでこんなに頑張ってるのに褒めてくれないの?という気持ちになることがある
  • 認められたい、愛されたいという気持ちが常にある
  • 周りのひとの小さな発言や言動を気にしてしまい一喜一憂してしまう
  • 友人との会話のなかでついつい自分語りをしてしまう
  • 人からの評価を気にしない人間になりたい

参考図書嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

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▶︎YouTube:アドラー心理学に学ぶ!承認欲求を満たしてはいけない3つの理由

菊之進
それではどうぞ!

1.承認欲求とは

承認欲求(しょうにんよっきゅう)とは、「他者から認められたい、自分を価値ある存在として認めたい」という欲求であり、「尊敬・自尊の欲求」とも呼ばれる。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

アドラーはこの承認欲求を次のように否定する。

常に他者の顔色を窺いながら、あらゆる他者に忠誠を誓うこと。

引用:嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え p158

承認欲求は人間本来の欲求であり本能であり取り除くことは困難といわれているが、承認欲求に飲み込まれずに、可能な限り抗うことが大切だといいうのだ。なぜ、なのだろうか。

2.アドラーが承認欲求を否定する3つの理由

①本当の自分を捨てることになるから

アドラーは承認欲求を本能のままに泳がせておくと、自分よりも相手の考えに依存していき、ゆくゆくは自分自身を失ってしまうことを危惧している。相手に嫌われたくない、相手に認められたいという欲求を優先すればするほど、自分の意見を蔑ろにするというのだ。

まずは、こちらを見てほしい。Yahoo知恵袋に寄せられたある人の悩みが書かれている。

出典:Yahoo!知恵袋

投稿者は親に嫌われたくないという一心で親の言う通りに生きてきた。しかしそれは、自分の人生というより、親の望んだ人生だったのだ。自分の夢を諦めて、親がよろこぶレールの上をあるいてきた彼女は、今になってとても後悔しているという。

アドラーも次のように主張する。

他者からの承認を求め、他者からの評価ばかりを気にしていると、最終的には他者の人生を生きることになります

引用:嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え p135

自分の信念を曲げてまで、他者の期待を満たす必要なんてない。自分の考えを押し殺して、誰かが望んだ人生を生きると必ず後悔がのこる。

②気持ちが滅入ってしまうから

アドラーは、認めてほしい、ほめてほしい、評価して欲しいという承認欲求に従って行動することを良しとしない。相手に承認を求めることはすなわち、自らの努力や行いに対して見返りを求めている状態にほかならないからである。

もし頑張りに応じた見返りが得られなかったらどうなるのだろうか。とても苦しくなり、気持ちが滅入り、自己嫌悪に陥ったり、挫折したりする。

僕自身、昔の職場で「こんなにも頑張ってるのに…どうしてわかってくれないの?ほめてくれないの、頑張りを評価してくれないの」と思い悩んだことがあった。そして、「頑張っても評価されないなら、もうがんばらなくてもいいよね、やめだやめだ」と自暴自棄になったこともある。挫折してしまったのだ。

アドラーは、上司に認めてもらうために仕事をするのは間違っていると考える。

「ほめてくれる人がいなければ、適切な行動をしない」「罰する人がいなければ、不適切な行動もとる」という、誤ったライフスタイルです。

引用:嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え p134

とはっきり記されている。なぜダメなのか。

僕の頑張りを認めるかどうかは、上司が決めることだからであり、上司の教育方針について、僕がどうこうできるものではない。

上司の頭の中には、おそらくここまでやったら褒めようという線引きがある。それを、僕が勝手に書き換えることはできない。相手の考えを自分の思い通りに動かすことは不可能だ。

上司から褒めてもらうことを期待して行動するのではなく、自分の意思で行動せよ。アドラーはそう言いたいのだろう。

③不自由な人生をしいられるから

アドラーは、だれからも嫌われないような生き方を選択すると多くのストレスを抱えることになると説いている。

だれからも嫌われないためには、周りの人全員の顔色をうかがって、嫌な気持ちにさせないように、常日頃から意識していない。自分の気持ちを押し殺して、他者に合わせていくのはなかなか大変なことである。

もちろん、それだけではない。嫌われたくないがために、できないことをできると約束したり、とれない責任まで引き受けたり、嘘をついて失敗を隠したりすることもある。

昔、僕の後輩がこのドツボにはまってしまった。彼女は、とにかく人目を気にするタイプで、頼まれたことはすべて「はい、やります」と答えていたが、どんなに頑張っても自分のできることには限界がある。

途中からいっぱいいっぱいになり、結局引き受けた仕事の一部はそのまま放置され、得意先に多大な迷惑をかけてしまった。さらに謝罪するときも自分を守るための嘘をついたことで、周囲からの信用も失ってしまったのだ。

今思えば、彼女の行動には一貫して「嫌われたくない」という気持ちがあった。嫌われたくないがために、たくさんの仕事を引き受け、どうすることもできず、嘘をついってしまったのだろう。

これに対してアドラーはこう考える。

他者の視線を気にして、他者の顔色を窺いながらいきること。他者の望みをかなえるように生きる事。たしかにみちしるべにはなるかもしれませんが、これは非常に不自由な生き方です。

引用:嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え p158

人目を気にする生き方は、他者に束縛される窮屈な道といっても過言ではない。さらにアドラーはこのように考える。

他者からの承認を受けるために坂道を転がり続けるのか?転がる石のように自らを摩耗させ、かたちなきところまで丸みをおびていくのか?そこでできあがった球体は「ほんとうのわたし」だといえるのか?

引用:嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え p162

最初にお話しした通り、承認欲求は、だれにでもある人間本来の欲望だ。意識的に抗わないかぎり、まるで下り坂をころがる石ころのように消耗し続けるだろう。削り削られて「ほんとうのわたし」がなくなってしまわぬように、自力で抗う必要がある。

3.まとめ

アドラーが承認欲求を否定する理由は3つ。それぞれ簡単に振り返ってみる。

①本当の自分を捨てることになるため。他者から承認されるために、他者の言う通りに人生を選択していくと、やがては本当の自分を見失いないかねない。自分の信念を曲げてまで、他者の期待を満たす必要なんてない。

②気持ちが滅入ってしまうため。こんなに〇〇したのだから褒めて欲しい、認めて欲しい、感謝してほしいという気持ちで行動すると、そうならなかったときに気持ちが折れてしまう。相手からみても「自分の行いに見返りを求める人」というマイナス印象になるだろう。

③不自由な人生を強いられるため。嫌われたくないという気持ちが強すぎると、できないことをできると約束したり、とれない責任まで引き受けたり、嘘をついて失敗を隠したりしてしまう。人目を気にする生き方をしていては自由には生きられない。不自由な人生を歩むことになる。

以上がアドラーが承認欲求を否定する三つの理由でした。次回は、この承認欲求に抗うためにどうしたら良いのかをテーマにしてお話しする。それではまた!

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